Dorico Pro 6で可能になった、Finale並みのコード記号のカスタマイズ(後編)
- tarokoike
- 6月4日
- 読了時間: 14分
更新日:6月9日
主にDorico Pro 5以前のコード記号編集機能についてご紹介した前回記事の続きとして、今回の記事では、Dorico Pro 6にて新たに搭載された「コード記号のカーニングペアを編集」ダイアログと、大きく改善された「プロジェクトにおけるコード記号のデフォルトの外観」ダイアログでの設定について詳述します。
【前編目次】
・楽譜作成ソフトウェアとコード記号
・Dorico Pro 5以前の課題と、今回のアップデートによる改善
・Dorico Pro 6におけるコード記号関連の三つの主要なアップデート
・コード記号の編集における各機能の使用順序
1.フォントを決める
2.浄書オプション>コード記号での設定
【後編目次】
・前回記事に関する追加情報
・コード記号の編集における各機能の使用順序(続き)
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・前回記事に関する追加情報
まずは前回記事公開後の調査を通じて新たに分かったことを書いておきたいと思います。
(1)コード記号の音楽テキストフォントは、初期設定のBravura Textのままに
前回記事には「コード記号の音楽テキストフォントにFinale Maestroを使用」と書きましたが、この変更は避けて、初期設定のBravura Textのままとするのが基本のようです。※
※別記事で言及した通り、Finale Maestroは元々はその名の通りFinale開発元のMakeMusic社がFinale用に開発し、Finaleに搭載して来た音楽フォントです。
実のところ、前回記事を書いていた時点では、コード記号のルートやテンションに付く臨時記号がFinale Maestroのグリフに見えず、かといってBravuraのグリフにも見えないことが気になっていました。

もしFinale Maestroが正常に機能していれば、このように見えるはずで、シャープやフラットの形状の違いは明らかです。

確認したところ、これはコード記号音楽テキストフォントとして使用していたFinale Maestroの仕様がDoricoの仕様と合わないことが原因でした。
Doricoでは、コード記号の臨時記号には専用の臨時記号グリフ(Standard accidentals for chord symbols)を呼び出して適用する仕様なのですが、Steinberg社によると、Finale Maestro(Finale Maestro Text)はDoricoが必要とするこれらのコード記号専用の臨時記号を持たないため、代替フォントが適用されるのだそうです。※
※Steinberg社のDorico公式フォーラム「Chord Accidentals - Wrong font」参照のこと。
従って、Doricoのコード記号の音楽テキストフォントには、初期設定のBravura Textのままとして、Finale Maestroには変更しないことがお勧めとのことでした。
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(2)コード記号内の臨時記号に、Bravura以外のフォントを使用したい場合
その上で敢えてコード記号内の臨時記号にBravura以外のフォントを使用したい場合は、以下の手順に従って設定可能です。
【事例:C#のシャープをFinale Maestro Textのものに変更する方法】
まず、コード記号の音楽テキストフォントのスタイルは変更せず、Bravura Textのままにします。(Finale Maestro Text に設定すると、そのフォントにはすべての臨時記号が含まれていないため、記号が表示できず、変更もできなくなります。)
「ライブラリ」>「コード記号」を選択します。
左上のボックスに「C#」と入力し、「+」ボタンをクリックしてコード記号を左側のリストに追加すると、右側のリストに表示されます。
右側のプレビューでシャープ臨時記号を選択します。
プレビューの下のコンポーネント行で、2つのシャープ臨時記号(1つ目はフルサイズの臨時記号用、2つ目は小さいサイズで使用される視覚的なバリエーション)のうち1つがハイライト表示されていることにご注目ください。このコンポーネントを編集するには、コンポーネント行の下の鉛筆アイコンをクリックします。
表示されるエディタで、SMuFLの範囲リストから「Standard accidentals (12-EDO)」を選択し、「フォント」ドロップダウンリストから「Finale Maestro Text」を選択します。
次に、右側の「シャープ臨時記号」を選択し、「グリフを追加」をクリックして追加します。
Maestroのシャープは、既存のBravura Textのシャープよりもはるかに大きいことがわかります。「スケール」を50%に設定します。(Bravura Text のシャープの配置が好みであれば、「オフセットY」の値も調整します。)
次に、元のBravura Textのシャープを選択し、「削除」ボタンをクリックして、Finale Maestro Textのシャープだけを残します。
「OK」をクリックして変更を確定します。
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(3)コード記号に関するBravura Textに特有の仕様
例えば国内出版譜向けの音楽フォントChaconne EXは、コード記号用の標準臨時記号を搭載しており、コード記号の音楽テキストフォントにChaconne EXを使用した際にはFinale Maestroで見られたような問題が発生することはなく、コード記号の臨時記号がChaconne EXにて表示されます。

Bravura Textについては現時点での仕様が少し複雑で、コード記号の音楽テキストフォントを初期設定のBravura Textのままとした場合は、オルタード・テンションの臨時記号には、同じくBravura Textに属するコード記号専用の臨時記号が適用されるようです。
このコード記号専用の臨時記号は、前述の「C#のシャープをFinale Maestro Textのものに変更する方法」のステップ「e.」にある通り、「フルサイズの臨時記号用」と「小さいサイズで使用される視覚的なバリエーション」の2種類があります。
これらは「浄書オプション>コード記号>デザイン>スタック状のオルタレーションの倍率」の数値設定により自動的に切り替わる仕様となっており、これが75%以下では「小さいサイズで使用される視覚的なバリエーション」、76%以上では「フルサイズの臨時記号用」が適用されます。
Bravura Textの仕様上、両者がサイズだけでなく形状まで異なる理由は不明ですが、後述のように現在はオルタード・テンション内の編集は困難なため、もしこの編集が必要な場合は、次回以降のアップデートを待つ必要がありそうです。

なお、前編では「浄書オプション>コード記号>コードのルート>ルート音の臨時記号の垂直位置」に「上付き」を選択すると書きましたが、この仕様によりルートに付く臨時記号の倍率によってはグリフの形状に違いが発生する可能性があるため、これは「ベースライン」のままでも良いかも知れません。

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・コード記号の編集における各機能の使用順序(続き)
3.コード記号のカーニングペア
「浄書オプション>コード記号」での設定が完了したら、テストファイルを作成して、編集を希望するコード記号を実際に一通り入力してみると良いでしょう。すると、浄書オプションの設定だけで十分なコード記号と、やはりユーザー編集を施したくなるコード記号が分かると思います。
また、実際に譜面上に入力してみることで、手順「1.」で自分が選択したフォントの組み合わせでのカーニング(文字間隔のバランス)も明らかになります。
もしカーニングが気に入らない場合は、浄書モードにて該当のコード記号を選択してダブルクリック、またはリターンキーを押すと開かれる、Dorico Pro 6の新機能である「コード記号のカーニングペアを編集」ダイアログにて、カーニング調整を行います。※
※「コード記号のカーニングペアを編集」ダイアログは、「ライブラリ>コード記号のカーニングペア」でも開くことができます。
今回はコード記号フォントにFinale v26/27日本語版と同じくArialを使用していますが、この場合はルートとクオリティーの間に設定された一律のカーニング値0.750ではやや狭すぎるので、概ね1.000〜1.300に変更するのが良さそうに思えます。
この作業での注意点としては、そもそもカーニングの基本として、文字の組み合わせにより見易さを実現するカーニング量が異なることから、全てのルートとクオリティーの関係を確認し、それぞれの文字の組み合わせに応じたカーニング設定を施す必要があることです。
例えば、B♭とA♭では、ルートから♭までの距離(カーニング量)を変えた方が、それぞれ読み易くて見た目も綺麗なコード記号を表現することができます。


Doricoのカーニング機能は仕様上、例えばCmに対して手動設定したカーニング量は別のルートであるDmやEmには自動反映されませんので、それらに対しては最適のカーニング量を別途、設定する必要があります。
この作業を容易にするために、「コード記号のカーニングペアを編集」ダイアログには右上にルートやクオリティーを切り替えるボタンと、コード記号の表示サイズにより最適なカーニングが変わる場合に備えて編集ウィンドウの直下に3種類の大きさによるプレビュー表示が設けられています。
全ての組み合わせを確認するのは最初は少し面倒かも知れませんが、カーニングはコード記号の最終的な仕上がりに大きく影響する部分なので、ここは時間と手間を掛けて、しっかり設定しておきたいところです。※
※Finaleではカーニングを一つの種類のコード記号について個別に手動設定する必要があったのに対して、Doricoでは特定の組み合わせの文字に設定したカーニングは、その組み合わせを含む他の種類のクオリティにも全て自動適用されます。「コード記号のカーニングペアを編集」ダイアログに搭載された上記のルートやクオリティの切り替えや3種類のサイズのプレビューといった便利機能と共に、Finaleに比べるとかなり速く簡単に、様々なパターンでのカーニングを設定できます。
カーニングは文字デザイン一般における基本技術であり、誰もが読み易いカーニングを設定するためには経験と練習が必要です。
これにはKERNTYPEという無料のウェブゲーム・アプリがあるので、今までカーニングを行ったことがない人はこれで基本を体得した上で、Doricoにてコード記号のカーニングにチャレンジすると良いかも知れません。
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4.コード記号の外観を調整
カーニングの調整が完了したら、「ライブラリ>コード記号」で開く「プロジェクトにおけるコード記号のデフォルトの外観」ダイアログを使用して、コード記号の種類ごとにそれらの外観を調整します。※
※複数種類のコード記号の外観を連続的に調整したい場合はこのダイアログを頻繁に開くことになるので、キーボードショートカットを設定しておくと良いでしょう。私の場合、Macではoption+Shift+⌘+C、Windowsではalt+Shift+⌘+Cを設定しています。
例えばCm7♭5というコード記号をみてみます。前述の「2.浄書オプション>コード記号での設定」の結果、このコード記号はこちらのような外観になっています。

まず、「プロジェクトにおけるコード記号のデフォルトの外観」ダイアログ左上の「コード記号を入力:」欄に、外観を調整したいコードを入力します。
例えば「Cm7b5」などと入力して、すぐ右の+ボタンをクリックすると、中央の画面にCm7(♭5)が大きく表示されますので、ここで必要な調整を行います。

コード記号は横幅をなるべく節約した方が各小節への収まりが良くなりますので、今回は(♭5)というパーツを、スケールを初期設定の65%から50%に変更した上で、元の位置である右端から、m7の上に移動してみます。

基本的にはこれで、Dorico Pro 6の新機能である左下の「Apply to All Roots」ボタンをクリックした後に、右下のOKボタンをクリックして、全てのルートにこの変更を適用することができます。

これで作業完了としても良いのですが、「浄書オプション>コードのルート」にてルート音の臨時記号の垂直位置を「上付き」にした場合、臨時記号が小さくなり過ぎるかと思います。
そこで、臨時記号の倍率を初期設定の65%から80%に拡大した上で、さらにYオフセットを初期設定の1.56から4.00に変更して上に移動させ、ルートとのバランスを取ります。

これで「Apply to All Roots」とOKボタンをクリックすると、ルートの臨時記号は適当な大きさになります。

ただし、現時点における最新バージョンであるDorico Pro 6.0.10の仕様上、この作業により、Cm7(♭5)などルートに臨時記号がつかない場合は、クオリティー(Finaleでいうサフィックス)のベースラインが大きく上にずれてしまう問題が発生するようです。

これについてはCDEFGABの7つのルートについて個別に修正する必要があるようですが、修正作業の内容は4.00となってしまっているYオフセット値を0.00に戻すことだけです。
予めコードクオリティのテキスト「m7b5」をコピーし、「プロジェクトにおけるコード記号のデフォルトの外観」ダイアログの左上の入力欄にルートを入力した直後にこれをペーストしていけば何度も同じコードクオリティを入力する手間が省けるので、作業にはさほど時間は掛からないかと思います。
その修正作業が終われば、最後にカーニングをもう一度見直した上で完成となります。

ライブラリーマネージャーを使用すれば、これらの自作コード記号を別のプロジェクトに移植可能です。
その際はコード記号関連のみでなく、浄書オプションやフォントスタイル内の必要事項もインポートする必要がありますのでご注意ください。

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5.個別のコード記号の外観を調整
特定の状況に合わせて個々のコード記号の外観を調整したい場合は、その特定のコード記号の外観を上書きします。
これは例えばジャズのスローバラード曲などにみられるように、1小節という狭い範囲内に4つのコード記号を配置する際に有効な方法で、Finaleには無かったDorico独自の便利機能と言えます。
これには二つの方法があり、一つは浄書モードにてその記号を右クリックして「プロジェクトにおけるコード記号のデフォルトの外観」ダイアログを表示させ、そこでコード記号内の個別の要素の倍率変更をオーバーライド(上書き)する方法です。

この場合は、例えばルートのサイズはそのままに、テンション部分だけを小さく表示させるといったことが可能です。

もう一つは、その記号を選択した状態で下パネルのプロパティにあるカスタム尺度を用いて用いて、コード記号全体で倍率を変更する方法です。
この場合はその記号内の個別要素のバランスは変更できませんが、全体を一気に小さくできるため、その小節の4つのコード記号だけ他よりも少し小さく表示するといったことが簡単に出来ます。
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・機能簡略版Dorico Elementsでのコード記号編集
機能簡略版であるDorico Elementsには浄書オプションが搭載されていませんが、ライブラリーメニュー内に「コード記号」というサブメニューがあり、その内容はDorico Proにおける「浄書オプション>コード記号」の内容とほぼ同じです。

Dorico Elementsには、「プロジェクトにおけるコード記号のデフォルトの外観」ダイアログと「コード記号のカーニングペアを編集」ダイアログがありません。
従って、Dorico Elementsにて可能なのは基本的に以下の画像に示すところまでで、カーニングを調整したり、各構成要素のフォントや大きさ、配置を自由に変更したりといったことはできません。

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・今後の更なる改良への期待
前編で「楽譜作成ソフトウェアとしては最も柔軟な編集機能を備えていたFinaleでは、コード記号内のあらゆる要素のフォントの種類、大きさや配置を自由に編集してオリジナルのコード記号ライブラリを作成できた」と書きましたが、その作業は実際には、かなりの労力を要しました。
Finaleにはコード記号内の特定の記号ペアにおけるカーニングをまとめて制御する機能が無かったため、必要な記号ペアのパターンを洗い出した上で全てを手動設定する必要がありました。
その手動設定に統一性を持たせるために、コードサフィックス・ライブラリの設計に際しては、記号の大きさや配置に関する数値をスプレッドシートなどで管理していた方もいらっしゃったかと思います。

Doricoのコード記号編集機能は、Finaleに欠けていたカーニングを体系的に制御するための機能を取り入れた点が特に優れています。
これにより、それほど多くない種類の数値を管理するだけで、Finale並みの精密なコード記号ライブラリを比較的楽に作成できるのではないかと思います。
編集可能範囲は現状ではFinaleに比べるとやや狭く、例えば♭9というオルタード・テンションは初期設定では一つのグリフとして扱われ、♭と9との相対的な大きさや配置の関係性を変えたい場合はこの♭9を削除して♭と9を個別に入力し、配置し直す必要があります。
現時点での最新版である2025年5月26日リリースのDorico Pro 6.0.10では、まだその作業が上手くできない場合があるようで、今のところ♭9、#9、#11、♭13といったようなオルタード・テンションは分解して個別の記号の大きさバランスやカーニングを編集せず、初期設定のまま用いるのが無難のようです。
Dorico Pro 6.0.10では、他にも場合によりカーニングが機能しなかったり、記号を期待通りに配置できないことがあるといった問題が散見されます。
しかし、基本的にはFinaleよりも簡単で素早いコード記号の編集を可能とする設計になっているので、これらの問題が解消されれば、かなり使い易い機能になるかと思います。
Steinberg社によると、例えば前述のオルタード・テンションの編集についても、将来的には分解して編集することを可能にする予定とのことでした。これも含め、今後のアップデートによるコード記号編集機能の改善を期待したいと思います。
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(本記事の基礎となった検証や調査にあたっては、Steinberg・Dorico公式フォーラムのメンバーに多大なるご助力を頂きました。これらの方々に深く感謝申し上げます。)
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